元五輪選手・米田功氏の身長や出身大学、現在監督を務める体操クラブも紹介
米田功氏はオリンピック出場経験のある元体操選手で、2026年現在は株式会社CARTWHEELの代表取締役として体操クラブを経営しています。
オリンピック経験を活かした指導者としても活躍し、2022年からはFiNANCiEで『徳洲会体操クラブ』プロジェクトを運営中です。
本記事では、米田功氏の身長・出身大学・体操選手としての経歴に加え、現在経営する体操クラブの詳細や料金、父親・妻・子供といった家族情報も解説します。
米田功氏の基本のプロフィール
米田功氏は大阪府堺市出身で、生年月日は1977年8月20日、2026年3月時点の年齢は49歳です。
小学生の頃から体操を始め、大学卒業後にオリンピック代表選手に選出されました。
一般的に体操選手は身長が低い方が競技に有利とされていますが、米田功氏は身長173cmと比較的大柄な体格を誇ります。
現役中は高い身長を武器にした華のあるパフォーマンスで、多くの人に感動を与えました。
現役引退後は体操クラブ経営者・監督として後進の指導にあたるほか、2022年からはFiNANCiEで『徳洲会体操クラブ』プロジェクトを開始するなど、多方面で活躍中です。
| 名前 (ふりがな) |
米田功(よねだいさお) |
|---|---|
| 生年月日 (年齢) |
1977年8月20日(48歳) |
| 出身地 | 大阪府堺市 ※出生地はドイツ・ハンブルク |
身長 | 172cm |
| 学歴 | ・清風中学校・高等学校 ・順天堂大学 ・マサチューセッツ州立大学大学院 |
| 肩書 | ・元オリンピック代表体操選手 ・株式会社CARTWHEEL代表取締役 ・徳洲会体操クラブ監督 |
| 家族 | 妻・子供(娘)1人 |
元オリンピック代表体操選手
米田功氏の肩書きの中で最も有名なのが、「元オリンピック代表・体操選手」と言えるでしょう。
2004年のアテネオリンピックで代表選手に選出され、体操チームの主将として団体優勝に大きく貢献しました。
また同大会では、個人総合や種目別でも華々しい活躍を見せています。
得意種目は鉄棒で、高い身長を活かしたダイナミックな演技が人々を魅了しました。
2008年に現役を退いてからは、体操の指導者として将来のオリンピック候補者たちの指導にあたっています。
株式会社CARTWHEEL代表取締役
2026年時点の米田功氏の肩書きの1つが、株式会社CARTWHEELの代表取締役です。
2009年に米田功氏が自ら設立した会社であり、4つの体操クラブと1つのスイミングスクールを運営しています。
いずれもジュニア向けのスポーツスクールであり、基礎・趣味として学べるプログラムのほか、オリンピック出場を目指す人向けの選手育成・競技力強化コースなど、多彩なコース・プランが用意されています。
徳洲会体操クラブ監督
米田功氏は2013年より、徳洲会体操クラブの監督も務めています。
神奈川県を拠点とする名門体操クラブで、数多くのオリンピック代表選手を輩出しており、米田功氏も大学卒業から現役引退までの8年間所属していました。
そして現役引退後、さらなるクラブ強化を目的に米田氏に白羽の矢が立った形です。
米田氏が監督として重視するのは選手の「意識改革」で、技術面だけでなくメンタルや人間力も鍛えるという独自の指導方法を展開しています。
米田氏の監督就任後、徳洲会体操クラブは目覚ましい成績を残し続けています。
FiNANCiE公式サイトで徳洲会体操クラブをチェック
米田功氏の家族情報
米田功氏の家族に関する情報は公式には多くが公表されていませんが、父親や妻・子供について気になる情報も一部で見られます。
米田功氏は結婚していることが報じられており、妻は一般人のため詳細は公表されていません。
本記事では、米田功氏の父親・妻・子供に関する情報を整理し、現時点で確認できる内容を解説します。
父親の仕事の都合でドイツで生まれる
米田功氏は大阪府堺市出身ですが、実際にはドイツ・ハンブルクで生まれています。
父親が商社に勤務しており、夫婦でドイツに駐在している期間に生まれたのが米田功氏です。
米田功氏は生後間もなく腎臓の病気が見つかったため、帰国して治療を受けました。
その後は父親の仕事の関係で、堺市で育ったという経緯があります。
一般女性と結婚して妻と子供(娘)がいる
米田功氏は引退直後の2008年7月に結婚した妻がおり、一人娘がいます。
なお妻は一般女性のため、氏名や経歴などについて公式発表はありません。
子供の誕生時期についても発表はありませんが、2013年3月の鎌倉版タウンニュースにおいて1歳半の娘がいるという記載がありました。
したがって娘が生まれたのは2011年頃と推測されます。
妻や子供について公表されていない背景には、家族のプライベートを守りたいという米田功氏の意向があると考えられます。
米田功氏の学歴
あまり知られていませんが、米田功氏は華々しい学歴の持ち主でもあります。
中学校から大学まで体操の強豪校に進学し、まさしく体操選手としてエリート街道を歩んできたと言えるでしょう。
ここでは、米田功氏の中学・高校・大学に関する情報をお伝えします。
清風中学校・高等学校
米田功氏は、大阪市の仏教系私立男子校である清風中学・高等学校の卒業生です。
全国の難関国立大学への進学実績が豊富で、関西圏でも屈指の進学校の1つに数えられています。
部活動が盛んなスポーツ強豪校であり、米田功氏をはじめ、西川大介氏・北園丈琉氏・鹿島丈博氏などのオリンピック代表選手を多数輩出した体操の名門校でもあります。
米田氏も体操部に所属しましたが、強豪校だけに練習は厳しく、「勝たなければならない」というプレッシャーも重かったそうです。
そんな中、高校時代にはインターハイで個人総合2位という結果を残しました。
順天堂大学
高校卒業後、米田功氏は体操競技が盛んな順天堂大学に進学します。
当時の米田功氏は、中学・高校時代は練習環境が厳しかったため「大学ではもっと自由に体操を楽しみたい」という思いを抱えていました。
そこで自由な校風のイメージがある順天堂大学を選んだ経緯があります。
実際に順天堂大学の体操クラブは自由な気風でしたが、本当に体操が好きな選手だけが集まっており、米田氏は新鮮な環境で練習に取り組めたそうです。
また当時は吊り輪種目が苦手でしたが、国体選手に選出された際に監督の助言のおかげで克服でき、心から体操が楽しいと思えるようになったとも語っています。
マサチューセッツ州立大学大学院
2016年に米田功氏はマサチューセッツ州立大学大学院への進学を報告し、世間を驚かせました。
目的は「MBA(経営学修士)」の取得であり、このコースでは世界標準の経営理論やケーススタディなど、実業家に必要な知識・スキルを学べます。
なおMBAコースはオンラインで受講でき、米田功氏もこの方法を取ったそうです。
2022年には自身のInstagramにおいて、コースを無事に修了した旨を報告しました。
MBAの取得によって得た知識・スキルをもとに、今後は指導者や実業家としての活動をより本格化させると考えられます。
米田功氏の体操選手としての主な経歴
米田功氏は小学生の頃から体操を始め、中学・高校・大学と体操の名門校で厳しい練習を積んできました。
その甲斐あって、長い選手生活では数々の功績を残しており、特にアテネオリンピックでの団体優勝は輝かしい快挙の1つです。
ここでは、米田功氏の体操選手としての主な経歴について見ていきましょう。
1984年:なんば体操クラブで体操を開始
米田功氏が体操を始めたのは小学1年生の頃です。
当時、小児喘息を患っており身体も小さかった米田功氏を心配した両親が、大阪市のなんば体操クラブに入会させたのが契機でした。
2年後には「もっと上手くなりたい」という思いから、大阪市でも名門のマック体操クラブに移籍して本格的に練習を始めます。
名門だけあってコーチの指導は厳しく、土日も練習して夕飯は送迎の車内で食べるなど、体操漬けの生活に少し嫌気がさすこともあったそうです。
しかし1988年のソウル五輪で、体操クラブの先輩にあたる池谷幸雄氏や西川大輔氏がメダルを獲得したのを見て、オリンピック出場を漠然と意識するようになりました。
1998年:NHK杯で優勝
米田功氏は順天堂大学在学中の1997年に、全日本学生選手権で個人総合2位を獲得しました。
翌年の1998年にはNHK杯に出場し、個人総合優勝を果たします。
なお、体操男子の個人総合とは1人で6種目を行う競技で、オールラウンダーとして高い技術力と安定感が求められます。
またNHK杯は、オリンピック代表選手選考において重要な意味を持つ大会であり、大学生ながら米田功氏はトップ体操選手としての地位を確立しました。
これを機に、米田氏は将来のオリンピック代表選手候補として大きな注目を集めることとなります。
2004年にもNHK杯で優勝
米田功氏は2004年にNHK杯で2度目の優勝を果たします。
実は2000年のシドニーオリンピックでは代表選手に選ばれず、悔しい思いをした経緯がありました。
これを機に体操との向き合い方を見直したとも語っています。
2度目の優勝は、失敗してもくじけずに前に進み続ける米田功氏の強い意志があったからと考えられます。
1999年:全日本学生選手権で優勝
1999年、順天堂大学の2年生に米田功氏は全日本学生選手権個人総合で優勝を果たしました。
実は当時の順天堂大学は、さほど体操の強豪校というわけではありません。
しかし米田功氏は、強くないからこそ優勝することに価値があると考えていたそうです。
全日本学生選手権個人総合の優勝はこの思いを実現した形となり、米田功氏も「格別の優勝でうれしかった」と振り返っています。
さらに同年には全日本選手権の種目別鉄棒で優勝に輝くなど、飛躍の1年となりました。
2003年・2004年には全日本選手権で優勝
2003年、米田功氏は大会1週間前に左脹脛痛を発症したため、世界選手権は補欠出場となりました。
その悔しさをバネに練習に励み、同年11月の全日本選手権個人総合では種目別ゆかで優勝を果たします。
さらに翌2004年の全日本選手権では、種目別鉄棒でも個人優勝しています。
病気や怪我のため度重なる手術をくぐり抜けて素晴らしい成績を収める姿は、世間に大きな感動を呼びました。
この時期は、米田功氏が体操選手として最も輝いていた時期とも言えるでしょう。
2000年:徳洲会に入会
米田功氏は大学卒業後、日本最大規模の医療法人である徳洲会に入会しました。
この年にはシドニーオリンピックの代表選手入りを逃しており、失意の日々を送る時期でもありました。
米田功氏はこれを契機に体操との向き合い方を見直し、オリンピック代表選手になるという熱意を改めて高めていったそうです。
また、自分が家族や周囲の人に支えてもらっているように、誰かを引っ張って支えていけるようになりたいと思い始めた時期でもありました。
社会人として歩み始めたことが、体操選手としてだけでなく、人間としても大きく成長する契機になったと考えられます。
2003年:アテネオリンピックで優勝
2003年、米田功氏はアテネオリンピック出場の切符を掴み、子供の頃からの夢を叶えました。
オリンピックでは男子体操の主将としてチームを引っ張り、日本男子体操として24年ぶりの団体優勝に貢献しています。
さらに個人の種目別でも、得意な鉄棒で銅メダルを獲得しました。
当時は競技ルールが大幅に変更されるなど、選手として大変な時期でもありましたが、米田功氏は地道に練習を重ねていたそうです。
大舞台での輝かしい成績は、日ごろから体操に真摯に向き合う姿勢が実を結んだ結果と言えるでしょう。
2008年:体操選手の現役引退を表明
2008年、米田功氏は北京オリンピックの代表選考会であるNHK杯で個人総合8位となり、オリンピック代表選手選出を逃しました。
同年5月には現役引退を表明し、8年間所属してきた徳洲会体操クラブを退会しました。
引退の理由として、「今後もオリンピックを目指すだけの体力と精神力を保てるとは思えない」と語っています。
もともと米田功氏は北京オリンピックが最後と考えており、結果がどうあれ引退すると決めていたそうです。
また、惜しくも8位となったNHK杯についても「やれることは全部やったから後悔はない」と語っており、20年以上にわたる選手生活に潔くピリオドを打ちました。
2009年:メンタルトレーナーとして活動を開始
米田功氏は現役引退と同時に指導者転向の意思を表明し、その一環として翌年、メンタルトレーニングやカウンセリングの専門会社に入社し、メンタルトレーナーとして活動を開始します。
米田功氏はアテネオリンピック出場後、怪我や手術が続き、メンタル面で辛い時期を過ごしていました。
その際、カウンセラーの治療で救われたことから、スポーツ選手のメンタルトレーニングやカウンセリングの重要性に改めて気づいたそうです。
プロのメンタルトレーニングとしての経験は、米田氏の指導者としての活動にも活かされています。
2012年:米田功体操クラブを設立
2012年に米田功氏は、神奈川県横浜市にジュニア向けスクール「米田功体操クラブ」を設立しました。
同クラブでは、「子どもたちの可能性を広げる」という理念の下、一人ひとりの個性やレベルに合わせたきめ細やかな指導を行っています。
礼儀作法や集団行動といった規律も重視しており、体操技術だけでなく精神的な成長をサポートしているのも同クラブの特徴です。
なお同年には自身初の著書「見えない壁を壊す」を光文社より出版したほか、ロンドンオリンピックでは体操の公式解説者も務めました。
現役引退後も、さまざまな面から体操界の発展に貢献していることが分かるエピソードです。
2013年:徳洲会体操クラブの監督に就任
2013年に米田功氏は、徳洲会体操クラブの第3代監督に就任しました。
監督として米田功氏が特に力を入れたのが「人間力」の強化で、メンタルトレーナーとしての経験も活かしながら、若い選手たちに真剣に向き合いました。
就任当時は成績が低迷していたクラブですが、2021年の東京オリンピックでは北園丈琉氏・亀山耕平氏の2名を代表選手として送り出したほか、2022年から2024年にかけて全日本体操団体選手権で3連覇を果たしました。
また、2024年のパリオリンピックには同クラブの杉野正尭氏と岡慎之助氏が団体総合優勝に貢献したほか、個人総合や種目別でも素晴らしい成績を収めています。
選手たちの努力はもちろんですが、米田功氏の指導も大きく実を結んだ結果と言えるでしょう。
米田功氏の現在は?監督を務める体操クラブ・体操教室
米田功氏は2026年3月現在においても、指導者として「米田功体操クラブ」と「徳洲会体操クラブ」の運営に関わっています。
ここでは、各体操クラブの特徴や料金、コースなどを詳しく見ていきましょう。
徳洲会体操クラブが運営するFiNANCiEプロジェクトの詳細もご紹介しますので、あわせてチェックしてみてください。
米田功体操クラブ
米田功体操クラブは、米田功氏が代表取締役を務める株式会社CARTWHEELが運営する体操クラブです。
2026年3月現在、横浜本校・みなとみらい校・江古田校・金沢八景校に加え、水泳専門の横浜校も展開しています。
ジュニア世代の指導をメインとしており、「身体操作(コーディネーション)理論」をベースにした技術習得や、挑戦心を育てる指導法が特徴です。
クラブの理念や活動内容は、公式Webサイトのクラブレターやスタッフブログを通じて分かりやすく発信されています。
また、Instagramの公式アカウントでは実際のレッスンの様子を写真・動画で確認できるため、入会を検討している場合はチェックしてみてください。
「米田功体操クラブ」のコース
米田功体操クラブでは5つのコースが展開されており、定期的なレッスンはもちろん、お試しにもおすすめな「短期教室」も利用できます。
メインとなる「体操クラブ」は年齢別に細かくクラス分けされており、親子で参加できるプログラムやキッズ向けのアクロバットコースなど、バリエーションが豊富です。
また、唯一のスイミングスクールでは、各泳法をバランスよく習得できる独自のプログラムが提供されています。
拠点ごとに提供コースが異なるため、受けたいコースがある場合は、最寄りの体操クラブが対応しているか公式Webサイトなどで確認してみてください。
「米田功体操クラブ」の料金
米田功体操クラブの料金は基本的に「入会金+受講費」で構成されており、受講費は一括払いのほか、6ヶ月・3ヶ月単位での支払いにも対応しています。
具体的な受講費用は入会コースや拠点によって異なるため、公式Webサイトで確認する必要があります。
また、基本料金に加えて指定用品の購入費用や事務手数料などが別途発生する場合もあるため、詳しい金額を知りたい場合は米田功体操クラブへ直接相談してみてください。
「米田功体操クラブ」の口コミ
子供が1年半お世話になっています。先生方はいつも笑顔で元気いっぱいで、こちらまでパワーをもらえます。レッスン中の子どもたちは、ずっと目を輝かせながら夢中で取り組んでいます。
指導は一人ひとりのレベルや個性に寄り添いながら進められていて、どの子も楽しみながら成長できる素晴らしい環境です。以前、他の体操教室も体験しましたが、指導の質や子どもたちの集中度、楽しさの面で比べものになりませんでした。ここに決めて本当によかったと感じています!
また、先生方のレベルがとても高く、見本で見せてくださる演技はまさに圧巻!子どもたちも「すごい!」と憧れの眼差しで見ています。
施設も広く、設備も充実していて、安心して通わせられます。皆さんにおすすめできるとても素晴らしい体操教室だと思います。
出典:Googleマップ
米田功体操クラブは丁寧な指導法に定評があり、運動の基礎から強化選手向けまで、レベルに合わせたプログラムが充実している点が高く評価されています。
利用者の口コミでは特にコーチに対するポジティブな意見が多く、「笑顔で元気いっぱい」「優しくて子どもたちが目を輝かせてレッスンを受けている」といったコメントが寄せられていました。
「子どもたちのやる気を引き出すのが上手い」といった口コミもあり、米田功流の指導が好評であることがうかがえます。
スイミングスクールについても、コーチに対する好意的な意見や「学年を超えて友だちができる」といった声が見られました。
徳洲会体操クラブ
徳洲会体操クラブは、医療法人・徳洲会が運営する名門体操クラブで、日本体操界の復興を目的に1998年に徳田虎雄氏が設立しました。
これまでに米田功氏をはじめ多数のオリンピック代表選手を輩出しており、理念通り、日本体操界の発展に大きく貢献しています。
また、徳洲会体操クラブは、セカンドキャリアに課題を抱える引退選手のサポートにも力を入れている点が特筆されます。
その一環として、2022年にはFiNANCiEで日本初の体操系プロジェクト『徳洲会体操クラブ』をスタートさせました。
このプロジェクトでは、徳洲会体操クラブの所属選手を直接支援できるほか、サポーター向けの特典も用意されているため、同クラブの新たな挑戦に関心がある人はぜひチェックしてみてください。
「徳洲会体操クラブ」のコース
徳洲会体操クラブでは、一般会員向けに「辻堂教室」と「かまくら体操クラブ」を開設しています。
いずれもジュニア向けの教室で、年齢別コースやアクロバットコースのほか、短期教室など多彩なプログラムが用意されています。
また、「かまくら体操クラブ」ではフィットネスを取り入れた成人・シニア向けのクラスも展開されているため、詳しいプランやコースは公式Webサイトで確認してみてください。
基本的に少人数制で、高い体操技術を持つコーチが安全に配慮しつつ、米田功氏監修のプログラムに基づいた指導を行っているため、初心者でも安心して参加できます。
教室の雰囲気やレッスンの様子は、InstagramやXの公式アカウントで動画などを通じて確認できます。
「徳洲会体操クラブ」の料金
徳洲会体操クラブの料金は基本的に「入会金・更新料+受講費」で、月払いか一括払いを選択できます。
ジュニアコースでは、指定ユニフォームの購入費用など別途料金がかかる場合もあります。
また、参加申し込み時点で入会金の支払いが必要なため、入会を検討する際は金銭的な準備をしておくと安心です。
「徳洲会体操クラブ」の口コミ
完成してまもない体育館だそうです。外観も中の環境も素晴らしいと思いました。教室に通ってらっしゃる父兄の方たちも礼儀正しく親切で、コーチの方々のレベルの高さを感じさせられました。出典:Googleマップ
徳洲会体操クラブは、子どもが楽しみながら身体を鍛え、体操技術の向上に取り組める点で高く評価されています。
利用者からは「先生が熱心で元気があっていい」「丁寧な指導で子どもの運動音痴が改善された」など、コーチや指導法に対するポジティブな口コミが目立ちます。
また、「施設がしっかりしていて安心できる」など、設備面への好評も見られました。
現役プロ選手に出会える機会もあり、子どもたちのあこがれや夢を育む場所として高い支持を受けていることが分かります。
『徳洲会体操クラブ』監督・米田功|まとめ
米田功氏は元オリンピック金メダル選手で、現役引退後は米田功体操クラブを運営するほか、古巣の徳洲会体操クラブで監督を務めています。
オリンピック経験を基にした技術指導に加え、人間力を高める独自の指導法によって、多くのオリンピック代表選手を育ててきました。
さらに、2022年からは現役・引退後の体操選手を支援するFiNANCiEプロジェクト『徳洲会体操クラブ』も運営しており、米田功氏の現在の活動に関心がある場合はこちらもチェックしてみてください。
FiNANCiE公式サイトはこちら














