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2026.01.09

本田圭佑氏の現在は?病気の経過や引退の真偽・理由、昔の成績も解説

本田圭佑氏の現在は?病気の経過や引退の真偽・理由、昔の成績も解説

プロサッカー選手・本田圭佑氏は、日本代表や海外チームでの輝かしい成績に加え、数々の名言やバセドウ病の疑いなどでも多くの注目を集めた人物です。

2022年に第一線を退いた後は、サッカー指導者や解説者のほか、経営者・投資家として活動していましたが、翌年には引退を否定して「現役続行」の意向を表明し、世間を驚かせました。

本記事では、本田圭佑氏が今どこのチームにいるのか、現在の活動とあわせて、嫁や子供の有無、病気の経過、FiNANCiEで運営中の『SOLTILO Bright Stars FC』プロジェクトについても解説します。

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目次

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本田圭佑氏の基本のプロフィール

本田圭佑氏のオフィシャルサイトによると、生年月日は1986年6月13日で、身長は182cm、体重は79kgです。

あまり知られていませんが、2008年に結婚した嫁がおり、これまでに3人の子供に恵まれています。

現在の嫁と交際を始めたのは高校時代で、本田圭佑氏が一目惚れして告白したというエピソードが伝えられています。

基本的に本田圭佑氏は嫁や子供をメディアに露出させない意向を示しており、父親として家族の静かな暮らしを守っているといえるでしょう。

名前
(ふりがな)
本田 圭佑(ほんだ けいすけ)
生年月日
(年齢)
1986年6月13日(39歳)
出身地 大阪府摂津市
身長 182cm
体重 74kg
職業 プロサッカー選手/サッカー指導者/実業家
家族 嫁・子供

本田圭佑氏の子供時代

本田圭佑氏の子供時代

元日本代表としてめざましい成績を残した本田圭佑選手ですが、意外にも昔から順風満帆なサッカー生活を送っていたわけではありません。

ここでは、本田圭佑氏の子供時代におけるサッカー選手としての経歴や成績を解説します。

小学校2年生:摂津FCでサッカーを開始

大阪府摂津市で育った本田圭佑氏は、小学2年生のときに地元のジュニアチーム・摂津FCに所属してサッカーを始めました。

サッカーと同時並行で野球にも打ち込むなど、子供の頃からスポーツマンだったことがうかがえます。

また、活発だった本田圭佑氏はたくさんの友だちに恵まれたこともあり、小学校生活は充実していたそうです。

中学生:ガンバ大阪ジュニアユースに選出

野球との二刀流を続けていた本田圭佑氏ですが、中学校時代に入るとガンバ大阪ジュニアユースに所属し、本格的にサッカーに専念するようになります。

同時期に所属していたメンバーには、家長昭博氏や東口順昭選手がおり、特に家長氏とは良きライバルとして切磋琢磨しました。

なお、本田圭佑氏はジュニアユース時代の自身の成績を「1.5軍」と表現し、意欲ほど実力が追いついていなかったとも語っています。

さらに「ユース(高校生チーム)」への昇格が見送られたため、中学卒業後に同チームを脱退しています。

高校生:高円宮杯や高校サッカー選手権で活躍

当時、高校サッカーに憧れていたこともあり、本田圭佑氏はサッカー強豪校である石川県・星稜高校に進学します。

1年生でありながらレギュラーを獲得すると、高円宮杯全日本ユース選手権で準優勝を果たしました。

また、2年生からはキャプテンを務め、3年生では第83回全国高等学校サッカー選手権大会で石川県勢初のベスト4を達成しています。

さらに、本田圭佑氏は運動部特有の上下関係に正面から疑問を呈し、風通しの良い環境作りに努めるなど、成績以外の面でも同チームに大きく貢献しました。

2002年のU-17日本代表に選出

星稜高校在学中の2002年、本田圭佑氏はU-17日本代表に選出され、翌年にフィンランドで開催されたFIFA U-17世界選手権に出場しました。

これが、日本代表としての本田圭佑氏の初出場となります。

同大会で本田圭佑氏は存在感を示し、プロサッカー選手としての道を本格的に歩み始めます。

本田圭佑氏の代表・クラブ経歴と主な成績

本田圭佑氏は2002年に日本代表選手としてデビューし、それから20年以上にわたって国内外で輝かしい成績を残しています。

ここでは、本田圭佑氏の昔のサッカーの経歴・成績を見ていきましょう。

2002年~2018年:合計118回の日本代表選出

本田圭佑氏は2002年に初めて日本代表選手として選出された後、2018年までに合計で118回の国際試合に出場しました。

内訳としてはU-17が1回、U-20が1回、U-21/22/23が18回で、FIFA認定の公式試合にあたる「国際Aマッチ」の出場数は98試合です。

特に2010年・2014年・2018年とワールドカップに3大会連続出場し、当時として歴代8位の出場記録を打ち立てるなど、目覚ましい成績を残しました。

なお、2018年のロシア大会出場時には「次回のワールドカップには出場しない」と明言し、同大会を最後に日本代表選手から引退しています。

通算98試合で37ゴール

国際Aマッチに出場した通算98試合のうち、本田圭佑氏は通算で37ゴールを記録しました。

これは日本代表選手として歴代4位の成績にあたります。

日本代表チームにおいて、本田圭佑氏が直接的に勝敗を左右する選手であることが分かります。

3大会連続ゴール&アシスト

本田圭佑氏は2010年・2014年・2018年に出場したワールドカップにおいて、通算4ゴールを記録しました。

ワールドカップ3大会連続で得点を記録したのは日本選手として史上初であると同時に、アジア勢歴代最多の記録でもあります。

これに加えて3つのゴールアシストの成績も残すなど、日本チームの得点に大きく貢献しました。

2005年~2024年:合計11のクラブ在籍

本田圭佑氏は高校卒業後、名古屋グランパスエイトに所属し、2005年のジェフユナイテッド千葉戦でプロデビューを果たしました。

その後、2008年のオランダ・VVVフェンローへの移籍を皮切りに海外での選手活動を本格化させ、2024年までに国内外あわせて11のプロチームに所属しています。

ここでは、特に有名なプロチームでの成績を見ていきましょう。

CSKAモスクワ:リーグ杯2冠達成・ベスト11選出

本田圭佑氏は2010年にCSKAモスクワに移籍し、ロシア・プレミアリーグでプレーする初の日本人選手となりました。

約4年間のチーム活動において、本田圭佑氏はリーグ杯2冠達成とベスト11選出という成績を残し、その実力を高く評価されました。

怪我による戦線離脱などの困難にも見舞われましたが、同チームで確かな存在感を示したことが、これ以降の本田氏のプロ生活にも大きな影響を与えることになります。

ACミラン:通算92試合で11ゴール・14アシスト

2014年、本田圭佑氏はイタリア・ACミランに移籍し、同チーム初の日本人選手として2017年までプレーしました。

約3年半の間に通算92試合出場・11ゴール・14アシストと、世界トップレベルといわれるチームにおいても確かな成績を残しています。

これに加えて、特に評価されたのが本田圭佑氏のサッカーに対する真摯な姿勢であり、海外チームにおける日本人選手のイメージアップに大きく貢献することとなりました。

本田圭佑氏は今どこのクラブに在籍?引退の真偽

本田圭佑氏についてよく取り沙汰されるのが、「引退したの?」「今どこのチームにいるの?」という近況です。

本田圭佑氏は、2022年のリトアニア・スードゥバ退団以来、客観的に見ればサッカーの第一線から退いた形になっています。

しかし、本人が引退を否定しているため、現在の状況について混乱するファンも少なくありません。

そこで、ここでは本田圭佑氏が今どこのクラブチームに所属しているのかや、引退の真偽について詳しく解説していきます。

引退ではなく現役続行の意向を表明

2022年以降、特定の所属先がないことから「事実上の引退」が囁かれていた本田圭佑氏ですが、2024年にブータンのパロFCと1試合限定のプロ契約を結んで公式試合に出場し、世間を驚かせました。

この出来事は、本田圭佑氏が現役を引退していないことを裏付ける形となりました。

さらに、2025年には改めて「引退していない」と明言し、「身体が動く限りは現役を続ける」という意向を示しています。

2026年1月時点ではクラブ契約なし

結論からいえば、2026年1月現在において、本田圭佑氏はどのクラブチームとも契約しておらず、所属先がない状態です。

一方で「オファーには困っていない」と明かしていることから、特定のチームに所属しようと思えば、すぐに所属できる状態であると考えられます。

つまり、クラブチームに属していないのは本田圭佑氏の意志であり、今後もフリーランスという形で現役生活を続けると推測されます。

本田圭佑氏の指導者・解説者としての活動

本田圭佑氏は、現役選手としての活動と並行し、指導者や解説者という形でもサッカー界に携わり続けています。

ここでは、本田圭佑氏の指導者・解説者としての活動状況を見ていきましょう。

2018年:カンボジア代表のGMに就任

2018年に、本田圭佑氏のカンボジア代表ゼネラルマネージャーへの就任が発表され、世間を驚かせました。

実質的な監督権も与えられていましたが、公認のライセンスがなかったため、ゼネラルマネージャーという形で同チームを指揮することとなっています。

本田圭佑氏率いるカンボジア代表は、さまざまな大会で同チーム史上最高の成績を収めるなど、めざましい活躍を見せました。

なお、本田圭佑氏は2023年に、契約満了を理由に同チームを退団しています。

当初は2年の短期契約であったにもかかわらず、約5年にわたって指揮した背景には、同チームからの本田圭佑氏への信頼がうかがえます。

2022年:W杯カタール大会中の解説が話題

本田圭佑氏は2022年のワールドカップ・カタール大会でサッカー解説者としてデビューし、たちまち評判を集めました。

その理由は、感情豊かで自然体な言葉選びと、試合の流れを先読みした的確な解説にあります。

特に選手目線での臨場感あふれる分析は、「初心者にも分かりやすい」と好評でした。

当時は日本戦のたびに本田圭佑氏の名前がSNSでトレンド入りするなど、解説者としても一気に地位を上げた形となっています。

本田圭佑氏の現在は?経営者・投資家としての活動

2026年現在において、本田圭佑氏はサッカーの現役選手と同時に、経営者・投資家としても精力的に活動中です。

ここでは、本田圭佑氏が現在注力している経営者・投資家としての活動状況を見ていきましょう。

2012年:サッカースクールを発足

本田圭佑氏は2012年のロシア・CSKAモスクワ在籍中に、子供向けのサッカースクール「SOLTILO FAMILIA SOCCER SCHOOL」を設立しました。

同スクールは、サッカーの技術指導はもちろん、人間としての主体性を養うことを目的としています。

スクール設立の理由として本田圭佑氏は、貧しさのために夢を持てない子供たちに「夢を持つ大切さを伝えたい」と語っています。

同スクールは2026年時点においても運営中で、日本国内には46校を展開中です。

2016年:カンボジアのサッカークラブ経営権を取得

2016年に本田圭佑氏は、カンボジアのアマチュアサッカークラブチームである「シェムリアップ・アンコールFC」の経営権を取得し、「ソルティーロ・アンコールFC」に改名しました。

経営権取得の理由として、カンボジアのサッカー技術向上と地域活性化の2つを挙げており、同チームは2部リーグから1部リーグに昇格するなど飛躍を遂げています。

なお、同チームは2023年にスポンサー不足などを理由に解散しています。

その際、本田圭佑氏が関係者に加えてカンボジアにも温かなエールを送る一幕も見られました。

2016年:個人ファンド「KSK Angel Fund」を設立

本田圭佑氏は2016年に、自身の資産を運用するための個人ファンド会社「KSK Angel Fund」を設立しました。

同社は社会課題の解決を理念に掲げ、世界中の学生や若年層における起業家の支援に力を入れています。

本田圭佑氏はエンジェル投資家として、今後は時価総額100億ドルの未上場企業「デカコーン」の創出を目指すと述べています。

2017年:ウガンダのサッカークラブ経営権を取得

2017年に本田圭佑氏は、ウガンダ共和国の1部クラブチーム「ソルティーロ・ブライトスターズFC」の経営権を取得しました。

サッカーを通じたアフリカへの貢献が理由であり、とりわけウガンダにおける難民の子供たちの教育や支援に力を入れています。

なお、経営権の取得に際して、一部では「単なる金儲け」など悪意ある指摘がなされました。

これに対して本田圭佑氏は「アフリカでのクラブチーム経営にほとんど収益はない」と反論したうえで、「もっと大きな夢がある」と自身の経営者・投資家としてのビジョンを発信しています。

FiNANCiE『SOLTILO Bright Stars FC』を開始

本田圭佑氏が2021年に立ち上げたのが、FiNANCiEの『SOLTILO Bright Stars FC』プロジェクトです。

「ソルティーロ・ブライトスターズFC」の運営支援を目的としており、調達資金はクラブの運営資金やウガンダの子供たちの支援に充てられています。

参加者にはクラブチームに関する情報提供や特別企画などの特典が用意されているため、関心がある場合はコミュニティをチェックしてみてください。

2018年:ウィル・スミス氏と「Dreamer Fund」を共同設立

本田圭佑氏とウィル・スミス氏が共同設立した「Dreamer Fund」は、主にアメリカのスタートアップを支援するファンド会社です。

特に日本の投資家と海外の有力スタートアップの橋渡しに力を入れており、幅広い分野の最先端企業を積極的に支援しています。

さらに、本田圭佑氏はこのファンドの成功を背景に、2024年には自身のベンチャーキャピタル「X&KSK」を設立しました。

2020年:音声通話サービス「NowVoice」をリリース

本田圭佑氏は、2020年に音声通話サービス「NowVoice」をリリースしました。

これはアスリートなど各界のトップランナーの言葉や声をファンに伝えるサービスで、ダルビッシュ有氏、錦織圭氏、池江璃花子氏など、錚々たる参加メンバーでも話題を集めました。

なお、同サービスは2023年1月をもって終了しています。

2020年:「WEIN挑戦者FUND」を設立

本田圭佑氏が2020年に設立したのは、ビジネスファンド「WEIN挑戦者FUND」です。

元ネスレ日本社長・高岡浩三氏や、連続起業家の異名を持つ溝口勇児氏との共同設立という点でも大きな話題を集めました。

しかし、代表パートナー同士のトラブルなどを理由に、同ファンドは2021年の初頭に解散しています。

2025年:スポーツアパレルブランド「mgh」を設立

2025年、本田圭佑氏はスポーツアパレルブランド「mgh」を設立し、取締役に就任しました。

本田圭佑氏はブランド設立の理由として、「現在のスポーツウェア市場におけるハイブランド信仰への挑戦」と語っています。

同ブランドは低機能・高価格なスポーツウェアを展開しつつ、今後は誰もが気軽にスポーツとスポーツウェアを楽しめる環境作りを目指しています。

本田圭佑氏の現在の年商・年収・総資産

本田圭佑氏の現在の年商・年収・総資産

世界中のトップリーグで活躍し、現在はエンジェル投資家として活動する本田圭佑氏の経済事情が気になる人も多いのではないでしょうか。

ここでは、さまざまな情報をもとに、本田圭佑氏の現在の年商・年収・総資産を推測していきます。

推定年商

本田圭佑氏は複数の企業やファンド会社を運営していますが、各組織の年商は公開されていません。

しかし、2024年に設立した「X&KSK」について、クラウドファンディング企業への2,400万円の投資によって50億円以上の利益を得たというニュースがあります。

必ずしも全ての投資で利益を出しているとは限らないものの、こうした事例は他にも複数存在するのかもしれません。

したがって、本田圭佑氏が運営する企業全体の年商は、数十億円から数百億円以上と推測されます。

推定年収

本田圭佑氏はプロ契約中にたびたび高額な年俸が報じられ、特にACミラン時代の年俸は推定5億円と指摘されました。

2026年現在においてはクラブチームからの年俸はないものの、代わりに運営する企業からの役員報酬を得ている可能性が高いです。

具体的な金額は非公表ですが、総合的な年商が数十億円以上とすると、本田圭佑氏は数千万円から数億円の年収を得ていると推測されます。

推定総資産

総資産についても非公表ですが、エンジェル投資家として活動する現在の状況を鑑みると、少なくとも数億円以上の総資産を築いていると考えられます。

なお、本田圭佑氏が運営する「X&KSK」は2024年に150億円以上の資金調達に成功しました。

つまり、事業資産も合わせると、本田圭佑氏の総資産は数百億円規模に達する可能性があります。

本田圭佑氏に関する「バセドウ病」の噂と経過

本田圭佑氏に関する「バセドウ病」の噂と経過

本田圭佑氏について、引退と並んでよく耳にするのが「目の異変」や「バセドウ病」の噂です。

結論からいえば、2026年時点でもこれらの病気の真偽ははっきりしておらず、経過も不明のままとなっています。

ここでは、本田圭佑氏に関するバセドウ病の噂が流れた経緯や理由を解説するとともに、2026年時点の経過状況を推測します。

W杯ブラジル大会で疑われたバセドウ病

本田圭佑氏にバセドウ病の疑いが浮上したのは、2014年のワールドカップ・ブラジル大会のことでした。

バセドウ病とは自己免疫の異常によって甲状腺ホルモンが過剰分泌される病気で、特徴的な顔相のほか、さまざまな全身症状があらわれます。

同大会で本田圭佑氏は果敢にチームを率いたものの、一方でどこか精彩を欠くプレーとなりました。

この成績不振には、病気が関係していると考えられます。

目の異変や特徴的な手術痕が根拠

本田圭佑氏にバセドウ病の疑いが持ち上がったのには、「目の異変」と「首筋の手術痕」の2つの理由があります。

目玉の突出はバセドウ病の特徴的な症状の1つですが、当時の本田圭佑氏にも同様の顔相が見られました。

また、首筋の手術痕は、治療として甲状腺の手術を受けたためと考えられています。

病気に関する公式発表はなく経過は不明

当時、本田圭佑氏の病気について盛んに報道されましたが、本人から病気に関する公式発表は一切なされませんでした。

そのため、本当に本田圭佑氏がバセドウ病だったのかや、手術を受けたのかについての真偽は不明のままです。

同様の理由で、病気の現在の経過についても分かっていません。

しかし、現在の本田圭佑氏はサッカー選手や経営者・投資家として元気に活動している様子を鑑みると、病気の経過は順調と考えられます。

本田圭佑氏の名言5選

本田圭佑氏は日本代表選手・海外リーグでプレーしていた頃、サッカーの技術に加えて、数々の名言にも注目されていました。

昔の名言からは、「サッカー界の異端児」とも評された本田圭佑氏の独特の価値観や人生哲学が読み取れます。

ここでは、特に有名な昔の名言を5つピックアップして紹介します。

本田圭佑氏の名言5選
  • サッカーは結局のところ、個よ
  • プロフェッショナルとは…ケイスケホンダ
  • 環境は自分で作るもの
  • 世界一になるには世界一の努力が必要だ
  • リスクのない人生なんて、逆にリスクだ

サッカーは結局のところ、個よ

この名言が本田圭佑氏のSNSに投稿されたのは、2022年のワールドカップ・カタール大会で、アメリカ戦を前にしたタイミングでした。

サッカーにおいては、個人の突出した技術やパフォーマンスが試合の流れを変えることも少なくありません。

一方で、日本代表は伝統的に「チームプレー」を尊重する傾向にあり、本田圭佑氏の発言はこの価値観に一石を投じる形となりました。

プロフェッショナルとは…ケイスケホンダ

2018年NHK放送のドキュメンタリー番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」で飛び出した名言です。

「プロフェッショナルとは?」という質問に対し、「ケイスケホンダ」と自身の名前を答えたもので、ユニークな回答にネットユーザーが反応しました。

当時の本田圭佑氏は成績が振るわない一面もありましたが、この発言の裏には「必ず復活する」という意味が込められていると考えられます。

環境は自分で作るもの

この名言には、与えられた環境に満足せず、成長につながるような環境を自ら作り出すべきという、「主体性」を重視する本田圭佑氏の哲学が読み取れます。

なお、この名言が出た2019年は、一時的に所属クラブがない状態になるなど、本田圭佑氏にとって波乱の多いタイミングでした。

そんな困難な状況にあっても、「自らの力で乗り越える」という強い意志を感じられる名言といえます。

世界一になるには世界一の努力が必要だ

本田圭佑氏は「天才」というイメージを持たれることも多いですが、実際はたゆまぬ努力で現在の地位を確立した人物です。

この名言からも、大切なのは才能ではなく努力だという、本田圭佑氏の根本的な人生観がうかがえます。

彼のサッカー選手や経営者・投資家としての現在の成功も、こうした姿勢に基づくものと考えられます。

リスクのない人生なんて、逆にリスクだ

この名言は、現状維持や安定のためにあえてリスクを避けると、かえって成長の機会が奪われてしまうことを懸念したものです。

常に高みを目指し、厳しい環境に自ら飛び込んできた本田圭佑氏らしい名言といえるでしょう。

サッカー以外にも活動の幅を広げている本田圭佑氏が、今後どのような冒険や挑戦を続けるのかにも注目が集まっています。

『SOLTILO Bright Stars FC』オーナー・本田圭佑|まとめ

本田圭佑氏は2002年から約16年にわたり、国内外のクラブチームで大きな成績を残し、独自の人生観にもとづく数々の名言でも注目されてきた人物です。

2026年時点でも現役選手を続けつつ、一方で経営者・投資家として社会貢献につながる事業を次々に展開しています。

FiNANCiEで運営中の『SOLTILO Bright Stars FC』もその1つであるため、本田圭佑氏の現在の活動をさらに深く知りたい場合は、コミュニティをチェックしてみてください。

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